東京ディズニーランド

講演内容     北村和久氏  1990年講演原稿   
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1.  はじめに
 北村でございます。今日は、お招き頂きましてありがとうございました。
長いこと三井信託銀行に勤めておりまして、その関係から各地でトヨタさんには、大変お世話になっております。

 たまたま、私の中学時代のクラスメートでした栗原専務さんが、トヨタさんにおいでになったということで、一段とトヨタさんを身近に感じるようになりました。栗原専務は、中学時代には大変優秀でございまして、私は、彼のサーベルによって前進させられていました。

今お会いして当時とちっとも変わっておられないことから特に懐かしく思っているところです。その栗原専務から「この前の大会で話してもらったけど、今度はディズニーランドの安全管理をどうやっているのかについて話してくれ」ということを頼まれましたが、実は、この安全も品質管理もサービスもディズニーの教え方というのは、全部、同じでございまして、つまり、これは全部同じラインの上にのっているのです。

「安全を守れば当然ながら品質が良くなる、品質が良くなればサービスが高くなる。サービスが高くなるとお客さまは当然、感動してまた来てくださる」ということをわかりやすくお話を致しますが、この前と同じような話になると思いますので、どうぞお気軽にお聞きいただきたいと思います。

2.安全と感動(スカイウェイ)
 ついこの間、あるゲストから大変良いお手紙を頂きました。東京ディズニーランドへおいでになった方はご存知だと思いますが、あの中に「スカイウェイ」というアトラクションがあります。それは、ロープウェイのことですが、あの「スカイウェイ」の運営マニュアルを読んでみますと、例えば「お子様一人とか二人とかでスカイウェイにどうしても乗りたいと言った場合は、決して乗せてはいけない」と書いてあるのです。

 なぜなら、もし万一事故が起こって、宙ぶらりんになってしまった場合に、お子様だけ乗せていたら非常に危険だということになるからです。では、この場合にはどうするか・・・「前後に行列している他のゲストに付添いを依頼しなさい」と書いてあるのです。決してそのお子さんに「乗ってはいけないよ」と言ってはいけないのです。

 この間、実はその事例がありました。上品な奥様が短大のお嬢様を二人連れて並ばれていまして、そのお客様に、是非、この男の子二人に付き添ってやってくれませんか、とお願いしたら、「いいわよ」と、気軽に引き受けてくださいまして、奥様が坊や二人を連れてそのロープウェイに乗られました。

 この場合マニュアルに何て書いてあるかといいますと。「このようなことをあの奥様にお願いしました」ということを到着地のキャストに無線で連絡しなさい」と書いてあるわけです。そうしたらそのスカイウェイが到着しドアを開けたときに、その奥様に「今日は、ご協力ありがとうございました」とお礼を言ったそうです。

 そして、後日にその奥様から、「なんであのキャストの子が知っていたのでしょうか?」の問いかけに添えて「日本の場合は、乗せるまでは一生懸命頼むけど、降りる時までお礼を言われたのは初めてでした」「非常に感動しました」というお手紙を頂いたのです。

 ですから、これは、安全を教育するマニュアルが、最終的にお客様を感動まで導くようなマニュアルになっているということなのです。働いているキャストも、マニュアルに書いてある通りにやっただけですが、そうしたら、「そのゲストが大変感動なさって手紙まで下さった」ということに、今度はビックリするわけです。「私たちがやっているのは、こんなに何気なくやっていることが、人々を感動させるのだということで、それを喜びとして受け止め更により良いサービスを心掛けるようになるのです。」こういうことの繰り返しが各セクションで行われて、結局これが一貫したディズニーの教育になっているわけです。

 よく、サービス、サービスと言いますが、日本の教育というのは、非常に観念論が多く、「具体的にどうしたら良いのだろうということをちっとも教えていない」のを、オープン当初からずいぶんディズニーに言われました。そのようなことも含み、今後の参考にして頂ければということで、いろんな実例を含めて、お話してみたいと思います。

3.かたちの教育-子供の教育-(新幹線の中で)
 今日、私が新幹線で参りましたら、電車の中で、小さい男の子を連れた若いお母さんがいまして、男の子が、電車の中を駆けずり回るものですから、ほかのお客様が非常に迷惑そうな顔をしていました。すると、お母さんが、大きな声で叱るのですね。「ダメよ、○○ちゃん。良い子だからお行儀良くして」と言っているのですが、「お行儀良くして」というのは、決して教育じゃないと言うのですね。

 ディズニーは、「お行儀良くする」というのは、どうすればお行儀が良いというのかを、まず教えてやらなければいけない。抽象的な命令では、子供はわかるはずかない」というのがディズニーの教え方の基本になっているのです。だから、“かたちを教える”と言うのはそういうことなのです。言葉だけで教えるのは絶対にダメだ、ということを、当時、随分言われました。
 ところが私どもの日常生活を振り返ってみますと、こういう抽象的な教育が、非常に多いことに気付くわけでございます。

4.感動を売る(リピーター)
 ディズニーというのは「同じお客様が何度も来て下さるような指導をしろ。それには、基本的に、感動してもらう以外にはない」とはっきり申します。「『感動する』というのは、人間の特権だ」と彼らは言うのですね。「動物は、いくら頭がよくたって感動だけはできない。

 この感動という人間の特権を、いかにあの中で上手く効果的にお客様に与えるかということによって、二度、三度おいでになるリピーター。繰り返しおいでになるお客様が増えてくるという教育を致します。

 「ディズニーランドと万博との違い」というのをよく聞かれるのですが、実は、基本的にはここの部分なのですね。万博っていうのは、半年間で2千万人来てくれればいい。そうすれば「成功」という、数字で割り切れる商売というか、イベントでございます。ですから1億2千万人のうち、とにかく2千万人来てくれれば、6分の1来てくれれば。「一度入った人はもう、どんなに苦しもうといいのだ」というのですね。だから、いくら満員でも、どんどんどんどんと人をつめこむということになるわけです。

 けれども、ディズニーの契約というのは、実は45年契約でございましてね。45年間毎年1千万人以上集めなくてはならない。そうなると、一度来た人がもう来なくなるというわけにはいかないのです。東京ディズニーランドは、実は、先月末(90年6月)で開園以来のお客様が8千6百万人に到達いたしました。あと2年も経つと1億6千万人が-入ることになるわけですが、そのあと誰も来なくなったというわけにはいきませんから「二度と来たくない人は来なくていいよ」。そのかわり、気に入った人は、100回でも200回でも来て下さい」ということを常に意識して応対するのが運営のノウハウになっているわけでございます。

 「お弁当を持ってきちゃいけません」「お酒を飲んじゃいけません」ゲストのドレスコードなんていうのがございましてね、お客様がお入りになる、その服装のチェックまでマニュアルがございます。あそこは「ファミリーエンターテェーメント、ご家族が健全に楽しむ世界だ」という大ポリシーがございますから、それにそぐわない服装の方は入れてはいけないと申します。オープン当初よく、そういうのでイザコザがあったのですね。

 例えばモヒカン刈りのお兄ちゃんの団体なんかがオートバイで駆けつけますとね、入口付近に立っているディズニーのカウンターパート、手伝いがみんな帰しちゃうのです。「君の服装は入れない。その頭は、ファミリーエンターテェーメントの世界では通用しない頭だ」というのですね。もっときちんとして入って来てくれ。そうすると、日本人っていうのは、「俺は切符を持っているのだよ。俺は客だよ」と必ず言うのですね。そうするとディズニーは、「いや、ゲストっていうのは、ここから中に入ったのがゲストなのだ。君はまだ入ってないからそれ、買い戻してやろう」と言って、平気で追い返しちゃったのですけど、これを見て、私ビックリしまして、こういうことが日本で通用するものだろうか、当時、非常に不安に思ったものでございます。

 ところが、オープン当初にそれをきちんとやったおかげで、ディズニーランドのゲストっていうのは、非常に健全なゲストだけになったのです。

 あそこにおいでになる方は、「遊園地に行くときの気分でちょっとしたお洒落をして大体、家族連れでおいでになる」というようなタイプのゲストが非常に増えたわけであります。こういう風に、ある意味では気高く振る舞い、「お客様の言いなりになるのは、決してサービスではないのだ。サービスっていうのは、自分がやりたいことをきちんと、お客様に教えてあげるというか、啓蒙するのが一つのサービスなのだという」考え方に基づいて応対するのをディズニーから学びました。

 しかし果たして、そのやり方が日本で通用するものかどうか当時は、随分心配しましたが、ゲストのなかで実は、200回も300回もおいでになっている方が結構大勢いて。この間も、パークの中で「200回の会」というのをやられ、60~70人の若いお嬢さん方が集まってワーワー騒いでおりまして、伺ってみますと、皆さん、二百数十回はおいでになっているのです。このことから、この「感動のさせ方」というのが、リピーターを増やす意味で大事な営業の基本になっているのです。

5.感動させるための二つの基本
 それでは、感動させるにはどうしたら良いか、ディズニーに聞いてみますと「人間を感動させる手法なんてね、はっきり言えば二つしかないのだ」と言うのですね。一つは何かと言うと、それは「人間が担当する分野の仕事」これは、コミュニケーションしかないのだと申します。

 「人間は人間とのコミュニケーションによってのみ感動する」これは非常に明解なことでございます。ですからディズニーの社員教育っていうのは、殆どがこのコミュニケーションに関する考え方とかやり方を具体的に教えるのです。私の話もこれが主体になります。それでは、もう一つは何かというと、それは「人間に対して物が担当する分野」これは「テーマ性を維持することだ」と彼らは申します。

5.1 テーマ性の維持-「夢の国」の果て-(隣接ホテル)
 「テーマ性の維持」とは何か・・・大体、あのディズニーランドっていうのは、どういうコンセプトで造ってあるのかと申しますと、あそこは、「マジックキングダム」と英語で申します。略して「夢と魔法の王国」です。これは、単なるキャッチフレーズではなくて、れっきとしたディズニーのポリシーでございます。だからあそこに一歩お入りになったお客様は、「あっ、私達は今夢の国へ来たのだ!」と先ず思ってくれなくては始まらないのです。そのための舞台装置、環境作りのことを「テーマ性を維持する」という言い方を致します。これは、言葉で言うと非常に簡単なのですけど、実は具現化するのは非常に大変なのです。莫大なお金がかかります。

 例えば今、東京ディズニーランドのスケールがどうなっているのかと申しますと、中心の、いわゆる「遊園地」の部分ですね…。最も彼らに、これを「遊園地」と言いますと大変怒りましてね、「ここは「遊園地」と言わないでくれ、あえて言うなら、これは「劇場」と言ってくれ」と申します。ですから、我々はここをパークという呼び方を致しますが、このパークの部分が15万坪あります。カルフォルニアのご本家、あれは9万坪しかございません。東京の方がはるかに広いのです。

 そして、その後ろには、半分半周を描くようにバックヤードといわれる、いわゆる舞台装置の部分が影に造ってございます。ここにいわゆる、地下道の入り口、あるいはゴミの焼却炉とか、ワードロールビル、メンテナンスビル、或いは、本社の社屋とか、いろんな物が、ジャングルの影に隠れて建っております。ここは、お客様が入れないところです。これをバックヤードと申しまして、これが3万坪ございます。

 そして正面に大きな駐車場が10万坪ございます。この3つのセクションが東京ディズニーランドのネットの広さでございまして、大体28万坪から30万坪あるのです。

 これ以外に、東京湾とディズニーランドの間に幅広の縦長の土地がざっと7万坪ありまして、ここに今、大きなホテルが、5つ建っております。上の方からシェラトンホテル、第一ホテル、ヒルトンホテル、ホテルサンルート、更にヒルトンとサンルートの間に、この間の5月2日には、東急ホテルもオープンして全体で3千2百室という大ホテル街が誕生致しました。  
 
 あのホテルは、ディズニーからの依頼によりまして、高さが全部11階でおさえられているのです。はじめホテルさんは、あれだけ高い土地を有効に活用するのだからと言って当然ながら皆さん15階建てから20階建てくらいのホテルプランをもっておいでになったのですね。ところが、ディズニーはこれを全部集めて本国へ送りまして、「例えばあそこに15階建てのホテルがずらっと5つ並んじゃうとディズニーランドの中に入っているお客様からどういう風景になって見えてしまうか」というのを、非常に正確な絵にして送り返して参りました。

 そうしますと、例えばその中のファンタジーランド、おとぎの国、トゥモローランド、未来の国、そういうテーマパークにお入りになったお客様が何気なくふと東京湾の方をご覧になると、塀越しにホテルの12階から上が全部、顔を出して見えちゃうのです。「これではダメだよ、夢の国にならないじゃないか、日常的な世界が見えてしまうからダメだ。これはホテルにお願いして全部11階におさえていただけ」という大号令が出まして、私共は、苦心惨憺で交渉を重ね、やっとホテルのご了解をとりつけたことで、全てのホテルが11階でおさえてあるのです。

 ですから、おいでになった方はよくご存知だと思いますが、あの中にお入りになると回りの景色は一切見えないように造ってあります。「『夢の国』の果てというのは、青空と森しか見えてはいけないのだ」という理想に基づいてディズニーランドは、テーマ性に従って具現化しているわけです。

5.2 テーマ性の維持-夢の国の中-(カストーリア)
 ディズニーランドをそれでは教育の中ではどういうふうにとりあげるか、ディズニーランドの中に一歩お入りになったお客様が「あぁ、私たちは今、夢の中へ来たのだ」・・・・・10分か15分その気分になりきって音楽を聞きながら歩いていらっしゃる。人間って面白いもので、環境がそういう風になってくると段々そういう気分になってくるのですね。

 ところが、何かの現象を、ふとご覧になったがために、「あれ?そうじゃないのだ。ここは、遊園地だったのだ」と気づいちゃって現実に還ってしまう。それには一体どういう事例があるのか、ということまでが具体的にぎっしりとマニュアルに書いてあります。

 例えば、「あの中にお入りになったお客様が一番最初に「ここは遊園地」だったのだと気づいてしまう例っていったい何だと思う?」と、彼らに聞きますと、先ず彼らが一番目に必ず言うのは、「それは、ゴミが落ちていることだよ」と言うんのです。「夢の国は決してゴミなんか落ちていない。第1、ゴミっていうのは、一番日常的なものだ。だから、あの中にはゴミは一つも落ちていてはいけないのだ」と申します。

 「ではそれを守るにはどうしたら良いのですか?」と聞きますと、「それは簡単だよ。あの中に600人のカストーリアである清掃担当の社員を雇いなさい。そして、彼らが300人ずつ交替して必ず一人が15分に一回まわってこられるようなテリトリーを決めなさい。そうすれば、同じゴミが同じ場所に15分以上は、決して落ちていないようになるだろう」。

そんなこと、言われなくても解っていることですけどね。しかし、これをこの通りに実行するのは、当時、大変だったのです。大体、当時の日本の遊園地の、ゴミの清掃というのは、すべてが外注でございまして20~30人のおばちゃんたちが、ほっかぶりしながら、ホウキとチリトリを持って見つけたゴミを掃いていくという程度のものだったのです。ところがディズニーは、お客様を心からおもてなしできる資格のある人間というのは、そのお客様をお招きした側の、ファミリー、家族しかいないのだという基本的な理念がございます。

ですから、ディズニーランドっていうのは、外注が一切認められないのですね。また、テナントも認めない。全部直営でなければいけない。私ども、当時、随分考え込みました。しかし「ディズニーのノウハウを買ったからには、こういう基本的なものを守らなければ、決して本当のディズニーにはならないだろう」と言い聞かせて、勇気を奮い起こしましてね、まだお客様がおいでになるかどうか、わからない時点、つまりオープンの半年前から8千人の従業員を採用いたしまして猛訓練を致しました。その内の600人を彼らが言うとおりカストーリアである清掃にまわしたのです。

5.3 2つの基本の原点(故郷)
 ところが、今になってみますと、これは「おいでになったお客様に感動を呼ばせる大事な要素だったのだ」ということが、大変よくわかります。今、あそこに初めておいでになったゲストが一歩お入りになると、まず・・・「わぁ、きれいだ」とおっしゃるのです。「この『わぁ、きれいだ。』」というのは、あの中でいろんなコミュニケーションによって感動を積み上げていく心の基盤作りとして、非常に大事な要素だったのだ」ということが、今になって大変よくわかるわけでございます。

 今言ったように「人間が担当するコミュニケーション、物が担当するテーマ性の維持という2つのものをキチンと守れば、人間って感動するのだ」。しかし、これが大変わかりにくいのです。でも、考えてみるとこれは、大変理屈にあっている条件だと思います。

 例えば今、田舎から沢山、若い人が都会へ出てきて、皆さん働いています。彼らに例えれば、1年に1回どこかに行きたい所はあるか、と聞きますと必ず「俺、一度は故郷に帰りたい」と、みんな言いますね。何で故郷に帰りたいのか、突き詰めていきますと、「故郷には未だ老いたお袋がいる。幼友達がいる。兄弟がいる。」そういう人達に会いたい。これは、コミュニケーションなのです。では、もう一つは何でしょう。・・・あそこには俺の育った山、川がある。自然がある。その環境がある。これは、彼らの言うテーマ性なのです。テーマ性とは心に宿る一つの世界なのでございます。

 だからこの2つがあれば、人間は必ず帰りたくなるということを、ちゃんと裏付けているひとつの例だと思うのです。ですから、こういう明確な目標を立てて、これを具現化していくということにむしろ力を集中させるわけです。

6.3つのポリシー
 それでは、この人間が担当する「コミュニケーション」、物が担当する「テーマ性の維持」という2つを具現化していくにはどうしたら良いか。また、大きなポリシーが3つございます。レジメに書いてありますが・・・まず、必ずなければならないというポリシーが3つございます。

6.1 「未完成」でなければならない(アトラクション)
 1つは「ディズニーランドは常に未完成でなければならない」というポリシーがございます。日本人というのは完璧ですから、理念をたてるからには当然ながら完璧をねらうのですが、ディズニーは、未完成で良いのです。人間って面白いもので、どんなにお金をかけて完璧なパークを造っても、それを只単にポンとお客様に提供して「さぁ、どうぞ遊んでいって下さい」と言った後、放り出しといたら、どんなに好きな人だってあと3回も来れば飽きてしまう。だから「パークの中は常に未完成にしておき、そのかわり、1年とか2年毎に完璧なアトラクションをドーンドンと増やして行いきなさい」ということです。

 カリフォルニアのディズニーランドは、先ほど言ったように9万坪ありますが、今年で35年目になります。あそこには、現在、60くらいアトラクションがあります。35年前には、24のアトラクションでスタートしたそうですが、それから年々、未完成を完成に近づけているわけです。東京ディズニーランドも7年前には、32のアトラクションでスタートをしまして、現在は36になっております。

 ディズニーが言う完璧なアトラクションとは、どのくらいお金がかかるか?一番わかり良い例がこの36番目の東京のアトラクション、スターツアーズというのが、昨年の7月12日にオープンしました。これは、ジョージ・ルーカスが演出したスター・ウォーズ参加版と言われている大変人気の高いアトラクションでございまして、最近おみえになるリピーター、2度目以上のお客様は、大体これが目当てでおいでになります。「スターツアーズができたからまた行ってみよう。そしてゆっくり遊んで帰ろうじゃないか」だから、この未完成というのは、リピーターを呼ぶための大変大事な、具現化されたポリシーであるというのがわかるのですね。

 今、東京ディズニーランドのリピーターは、大体78%でございます。大体100人の内の78人はもう2回以上のお客様でございますけども、この78人のリピーターは、ほとんどスターツアーズを目当てにおいでになる。あのスターツアーズの建設費は、実は108億円かかっているのです。ホテルサンルートが92億といいますからホテルより高いのですね。しかし、このくらいお金を賭けて造らないと、決してそのリピーターを呼び込む力は生まれてこない。ということで、これは、私どもにとって追加投資のかかる宿命を背負わされるポリシーなのです。

 今度、実は37番目のアトラクションに着工いたしまして、平成4年に完成するスプラッシュマウンテンというアトラクションでございますが、ディズニーの「南部の唄」と言うストーリーを基にした、大変楽しいきれいなアトラクションです。熊とウサギのおっかけっこのようなアトラクションです。山の中の川をずうっとゲストボートでゲストが流れていく。最後に滝の上に出てくるのですね。そうすると、47度の角度でダーッと落っこちるのです。

 私、この間(カリフォルニア)に行って乗ってみて、びっくりしました。あれに乗っている人はあっという間に落っこちるので、あんまり怖いと感じている暇もないのですが、見ている人は、すごいアトラクションだな、と思うように造ってあります。これは、建設費が270億円なのですね。この間、北九州にできたスペースワールドが全部で300億だといいますから、日本の遊園地が一つできてしまうくらいのアトラクションです。しかし、このくらいの気勢を、ディズニーは狙わせるわけです。これが1番目の未完成というポリシーです。

6.2 「非日常的な世界」でなければならない(自動販売機)
 2番目の「ねばならない」とは、ディズニーランドは、常に「非日常的な世界」でなければならない。これは、先程言ったような「あそこは、夢の国と決めたからには、お客様に決して日常的な世界を見せてはいけない」と言うことで、ホテルの高さ、或いは、ゴミの落ちていない教育などが基本になります。

 特に、おいでになった方はご存知だと思いますが、あの中には、一台も自動販売機が置かれていないのです。「自動販売機というのは、お客様に便宜性を与えるけれど、感動を与えない」という割り切り方があります。煙草ひとつ売るのにも、手から手へ、スマイルからスマイルへ、これによって生まれたコミュニケーションからゲストは感動なさるのだ。あの中では、全部で8千人の従業員が働いている。ですから、自動販売機、つまり機械類はお客様の見えない所に置けというので、さっき言ったバックヤード、裏のお客様が入っていらっしゃらない3万坪に収めてあるわけです。そこは、ほとんどコンピュータで処理をしておりますから裏へ入るとほとんど従業員の姿は見えません。全部、機械で処理しております。こういう点が非常に明確に造ってあるのです。
 
6.3 「毎日が初演」でなければならない(ショーダンサー)
 そして、最後の「ねばならない」・・・ディズニーランドは常に、「毎日が初演」でなければならない。あそこは、エンターテイメントの世界ですから、初演という言葉を使っております。しかし、これに近い言葉というのは、日本にはいくらでも我々、使っている言葉があるのです。私も、銀行時代よく、支店長になりますと、新入社員が入りますと訓示します。「みんな今日の気持ちを忘れないでくれよ。初心忘るべからずだよ」。とよく言ったものでございます。

 日本には、「初心忘るべからず」、という言葉はあるのです。だけど、初心を忘れないためには何をしたら良いかということを教えてあげないのです。それは、「もうみんなに任せるからしっかりやってね」と全部責任を彼らに押し付けてしまう。ところがディズニーに言わせると「それからが教育じゃないか」と申します。だから、「初演を保つのにはどうしたら良いのだ?」という教育制度とか、或いは、教えるポイントがちゃんとマニュアルに書いてあるのです。これが、もっとも分かり易いのです。

 一例を申しますと、例えば、あの中には8千人の従業員が働いております。従業員のことをあそこでは、キャストと言います。出演者と申します。これは、15万坪のパークの中全部がステージだという教育から始めるのです。ですから、あの中に入って働くというのは「君達は、みんなステージに乗るのだ。オンステージ。なぜステージに乗るのだ?君達は、ショーに出演するからだ」と申します。ですから「パークに入る時はみんな、ユニフォームを着ないでくれ。働くわけじゃないのだ。着るものは、みんな舞台衣装を着てくれ」というので、着ているものはみんな、コスチュームというのです。

 このショーに出演するからパークで働くのだということで従業員のことを「キャスト」という呼び方をする。その8千人のキャストの内訳はですね、正社員が2千2百人、パート、アルバイトを中心としたいわゆる短期の準社員、学生諸君主体ですが、これが6千人ぐらい。今の時点で働いております。そうしますと、その準社員のなかには、あの中で毎日いろんなダンスを各パークで演じているダンサーたち、これが550人おります。

 あそこは人手を借りてはサービスにならないというので、外部からは一切、タレントは呼べないのです。ですから、ダンスもショーも全部社員がやらなくてはならないということで、このエンターテイメント部という部に所属したダンサーが550人。 ところが、彼らについてのマニュアルを見ますと、このダンサーたちは、1年に1回全員が、あるオーディションを受けなおさなければならないという制度がつくってあります。何のオーディションかというと「君のダンスは初演になっているかどうか?」というオーディションなのです。これが、見ているとユニークで面白いのです。

 日本はああいう世界では、大体長いことステージに乗って踊っていれば踊っているほどダンスのテクニックは向上するわけです。特に東京ディズニーランドでは、毎晩ダンスの専門の先生がおいでになりまして、バックヤードの大きなお稽古場で非常に厳しいダンスの訓練を受けておりますから、ダンスのテクニックは最高になるのだけれども、ディズニーに言わせると、そんなのは二の次だ。それより、そのダンスが初演になっているかどうかによって、ゲストが感動するかどうかが決まってしまうのだというのです。

 ですから、そのオーディションが行なわれるたびに、大体順番に落とされてしまうのは、ベテランのダンサーからなのです。私たちが見ていて「どうしてあんなに上手い子を落とすのだろう?」と思われるようなオーディションでございます。「君のダンスはもう踊りずれしちゃってるよ。君のスマイルはもう古くなっている。君のダンスは惰性で踊っているじゃないか」と、毎年毎年オーディションの度に、ベテランの上手い子から落とされちゃうわけです。

 だから、今 あの中で残っているダンサーの中で、初演以来踊っているのは、もう15~16人位しか残っていないのです。こういう子たちは、顔馴染でございますから、このオーディションが近づいてくるとみんな心配して、二人、三人ずつ私の部屋に集まってきて、悩みを訴えるのです。「私、来年も踊り続けたいのですが、今度のオーディション、大丈夫でしょうか?」と。だから、私も励ましてやるのです。「大丈夫、まだ新鮮だよ」と言ってやりますと、みんな立ち去る時に、私の前でニコッとスマイルをつくって、「北村さん、私のスマイル、まだ新鮮ですか」と真面目な顔をして帰る子がたくさんいるのです。これは「初演を保つためには、そのくらい努力が必要なのだよ」というのを制度の中で取り入れている一つの例なのです。

7. 70点のマニュアルから100点の行動
 こういうふうに、やっぱり「目標、ポリシーをたてたからには、それを具現化するにはどうしたら良いかという手法を教えてやらなければ決して教育なんかできない」ということが、私がディズニーから習った一番のポイントだったように思います。ですから、非常に皮肉なのですが、人に夢を見せるためには、かなりリアリストでなければならないのですね。リアリティを持っていないと具現化できない。こういう結果をあそこでしみじみと感じるわけです。

 わたくし実は、今考えるとちょうど10年前、1980年、東京ディズニーランドのオープンする3年前に社命によりカリフォルニアに渡りました。当時はウォルトディズニープロダクションと言っておりました。今社名が変わりましてウォルトディズニーカンパニーとなっておりますが、あそこで1ヶ月間、ポリシーの勉強を受けて来いというので1ヶ月間参りました。あの時習ったいろんなことの中に、もしかすると人々を感動させる手法がかなり含まれていたんじゃなかろうかと思って実は、整理しなおしたのが、今日みなさんのお手元にお配りしてあるレジメの項目になったわけでございますが、これによって具体的に当時習ってきたいろいろな事例を皆様にお話して、少しでもご参考になればと思います。

 私、生まれて初めてカリフォルニアに参りまして、ディック・ヌイスさんという副社長が出てきまして大歓迎してくれました。「よく来てくれた。これから3年後に東京ディズニーランドがオープンすると、君は社員の教育を担当してくれるそうだけど、ひとつしっかり勉強してってくれよ。しかし、今日は初日だから、俺は一日体があいている。ちょうどここに、完成している東京ディズニーランドのマニュアルが3冊だけある。これを見ながら君にこのコミュニケーションの仕方というのをどうやって若い人に教えるのか教育してやろう」と言って3冊のマニュアルを持って入ってきたわけです。

 今、東京ディズニーランドで使っているマニュアルというのが実は、全部で約300冊ございます。1冊が大体1cm~1.5cmくらいの厚さで、あんまり中身の濃いものではないのですが、大変読みやすいマニュアル、しかもこれは先程言ったように、中が全部直営でございますから、アトラクション別、ディビジョン別、施設別みんなバラバラに作ってあるのです。だから「1人が何も300冊読まなくてもいいのです。自分のセクションだけを読めばよい」というようなマニュアルでございまして、日本のマニュアルみたいに抽象論が書いてある部分と言うのは全くありません。その仕事の目的が先ず1~2行書いてあって、あとは、全部“かたちで”対応するやり方が書いてあるマニュアルです。

 ただ、私、よく“かたちで教える教育”というと日本人が毛嫌いするのは「そんな、“かたちで”百点満点取らせようと思ったら、みんな、がんじがらめになって息苦しくなって嫌がるだろう」とおっしゃるのですけれど、これが私、ディズニーのマニュアルで一番良くできたところだと思うのは、あれは、「70点で良い」という割り切り方をしているわけです。「基本的な部分だけをきちんと“かたちで”70点教えてやれ。残りの30点というのは、今後パークに入ってからゲストとコミュニケーションしているうちに、自分なりにパフォーマンスとして生かせるものを残しといてやれ」というこの作り方が私、普通の外食産業のマニュアルと基本的に違う部分だと思うのです。ですから、若い人たちがとっても生き生きとマニュアルの基本を習いますと同時に実行するのです。だから、例えば具体的にやらせることでも、たくさん書いてないのです。「2つか3つ、基本的な動作だけを教えてあって、あとは自分で考え出せ」というようなところがあるのです。これが、とっても面白いマニュアルになっていると思うのです。

7.1 コミュニケーションのマニュアル -「こんにちは」の挨拶-(チケットブース)
 その時、ディック・ヌイスが最初に見せてくれたのは、チケット・ブースというセクションのマニュアルなのですね。おいでになった方は、よくご存知だと思いますが、東京ディズニーランドの正面玄関にお立ちになると、ダーッと切符を売っている窓口が32箇所並んでおります。あそこで、チケットを販売するキャストのマニュアルをまず、彼が見せてくれました。「それ1ページ目開いて続けてごらん」で開いてみたらこう書いてあるのです。「あなたの仕事は、チケットを売るのが目的ではありません。東京ディズニーランドにお越しになったゲスト、お客様とまず、コミュニケーションをするのがあなたの仕事です。」文章はそれだけです。

 そして、コミュニケーションの仕方、これから全部“かたち”が入るのですね。その1行目を見たらビックリしてしまったのです。いきなり「ゲストには、いらっしゃいませとは言わないでください」という出だしなのです。「ほう、これはいったいどういうことだ?」「やあ、実は我々、このごろ頻繁に日本に行っていろいろなサービス館を見て歩いているのだけれども、日本はどこへ行っても「いらっしゃいませ。」と声をかけてくれる。あれは、大変結構なのだけれど、どうもよく見てみると、「いらっしゃいませ」と言われているゲストの方は、何にも返事をしてないじゃないか?」「そりゃあそうだよ。だってあれは、ウェルカム、と歓迎の意味で声をかけているからだよ」ディズニーランドは「それじゃあ困る」というのですね。

 なぜなら「ディズニーランドはコミュニケーションがなくてはならない。コミュニケーションをいうのは、必ず「会話」から始まらなきゃ駄目だ。だから、ゲストが必ず返事をしてくれる声をかけてくれないか」とまず言われたのです。そんなこと言われたって私は、30年間銀行で「いらっしゃいませ」以外使ったことがないのですから、じゃあ、いったい何て言ったら良いのか?「それを、貴方に考えてもらうために来てもらったのじゃないか」と言われまして、しょうがないから翌日からカリフォルニアの日差しの下に立ちましてね、3日間、午前中だけ見てたのです。どうやって声を掛け合うのか・・・・・。

 そうしたら、ご承知の様に、アメリカ人というのは、大変陽気な人種でございまして、日常生活の中で声をかけあうなんていうのは、ごく当たり前の行為なのですね。例えば、入り口にキャストが立っていますね。向こうから、ゲストがお見えになる。みんな思い思いに一声かけるのです。「Hey!」と言って声をかけるのですね。いいスマイルをしましてね・・・・「Hao!」なんていう奴もいるしね。一番丁寧なキャストでも「How are you?」と言って声をかけます。そうすると、日本と違うのは、向こうは言われた方がちゃんと返事をしてくれるのですよね。「Oh, fine」と入り口で肩たたいたり、握手したり、あっという間に会話が始まるのですね。

 私、これを半日見てて嫌になってね。「冗談じゃないよ。日本でこんなことできるわけないよ」と思っていたらディック・ヌイスが、「わかっているよ。大体、日本人というのは、シャイだ。照れ臭がり屋だ」と言うのですね。「日常生活の中でも、声を出すのは損だというような顔をしてるじゃないか。しかし、ここはマジックキングダムだよ。夢と魔法の王国っていう新しい国を造るんじゃないか。我々で、新しい風俗を造っていこうよ」「しかし、そうは言うけど、日本は、もともとそういう風俗はないのだ」「無かったらとりあえず、彼らがやっている通りにやってごらんよ」と言うのですね。「あれをかたっぱしからマニュアルに書いて、一方的にでも良いから声をかけさせてみろ」と彼らは言うのですね。

 しかし、まさかマニュアルに ”Oh,hey!” なんて書くわけにはいきませんから、この、かけ声を何にしようかというだけで、本当に当時、真剣に討論したのです。結局、今何気なくやっている「こんにちは」という声をかけてみましょう、というのが若いスタッフから出た意見だったのですね。ところが、ご承知のように日本の国には、アメリカと違って、長い歴史がある。伝統がある。しきたりがある。この、お客様との会話をちょっとこれだけいじるだけでも、ものすごい抵抗があるっていうのがわかっています。つまり、日本人には、共通した常識というのがあるのですね。この、常識って言うのが新しいものを入れる場合に、すごい抵抗になるのですね。

 当時、オリエンタルランドに随分お年をめした役員が沢山いまして、こういう方々は、やっぱりこの「こんにちは」にはほとんど反対された。「なんで、おまえ『こんにちは』なんて御用聞きじゃあるまいし、大体『こんにちは』というのは仲間同士の挨拶だよ。今まであった遊園地以上のサービスをしようっていうのにそんな失礼な言葉を使えるか。日本語には、正しい「いらっしゃいませ」という言葉があるのだからそれを使え」と言ってきかないのですね。でも、若い人たちは「でも、新しい世界で使う言葉として使いなおしてみましょうよ」と、結局私が説得役を仰せ使いましてね、随分当時役員室を口説いて歩きました。

 最終的には「試しにやってごらん」という程度で始めたのですね。でも、今、東京ディズニーランドのマニュアルを見ますと、やはり東京ディズニーランドを運営しているオリエンタルランドというのは、列記とした日本の企業ですから、やはり日本の企業らしく挨拶のページをみると、妥協の産物みたいに3つ書いてあるのです。午前11時まで、「おはようございます」それからやっと「こんにちは」になって、午後5時以降は「こんばんは」と書いてありますから、今キャストの3分の2ぐらいは、この通り使い分けております。

 しかし、この7年の体験では、「こんにちは」という挨拶が一番、ゲストからの返事が多いのです。ディズニーランドらしくていいよ、って言われるようになってきたのです。つまり、あそこでは、段々「こんにちは」が認知され始めたわけです。ですから、今では朝から晩まで「こんにちは」でも良いと認めております。ただし、その「こんにちは」の下に、言う時の条件がある。向こうのマニュアル通りに2つ書いてあります。

 ひとつは、「アイコンタクト」と書いてあります。まず、「必ず目を見て言って下さい」ということ、もうひとつは、「スマイル」です。「ニッコリ笑いながら言うのだよ」ということです。ゲストが見えたら目を見てニッコリ笑って、明るい声で「こんにちは」と声をかけたら、必ずゲストは返事をしてくださるのだよ。というふうに“かたちで教える”マニュアルなのですね。

8.かたちの教育
 ところが、私がこういう話を方々でしますと、特にこのごろ、いわゆる硬派と言われる企業からのご依頼が多いのです。銀行の支店長会議だとか、JRの駅長さんの会だとか・・・・。この間も、郵便局長さんの研修会に行ってきたのですが、こういう所でこういう話をしますとね、大抵の方がせせら笑うのです。「こんなの聞きに来たんじゃない。当たり前じゃないか、そんなこと・・・・。そんなのいちいちマニュアルに書いていたら書ききれなくなっちゃうよ」とひやかされるのです。

 ところが、今東京ディズニーランドで働いている若い学生アルバイト諸君、高校生とか大学の低学年になる連中っていうのは、今あそこで今日あたりも6千人働いているのですが、彼らと話してみますと、今の彼らにとっては、これすら常識になっていないのです。なぜなら、今の日本人の大人達っていうのは、こういう“かたちの教育”を何にもしていなかったというのが、あそこへ行くとすごくよくわかるのです。私自身もそうだったのです。

8・1 かたちに落とし込んだ単純な教育-常識の違い-(社員教育)
 「今、日本のインテリの教育というのがどういう教育をするか?」というと、「全部言葉でしか教えてやらない」わたくし、これをディック・ヌイスとお茶を飲んでいる時に気が付いたのですけれど、彼が「君は同じ銀行に30年もいたのだから、半分の15年間は、管理職と名のつく仕事をしていたのだろう。その時には、当然君には若い銀行員の部下が数人はいたはずだ。君は例えば彼らに、銀行のサービスを教える場合には、いったいどんな教え方をしていたのだ?日本ではどういう教育の仕方をするのだ?」と何気なく聞かれたのです。

 お茶のみ話ですから、私も当たり前のことを答えまして「そりゃあ、やっぱりうちの会社なんかでは、専門知識とか業務知識っていうのは、ちゃんとした教育課っていうシステムがあって、ここできちんと知識として教える。知識を身に付けてくると今度は各支店に配属になる。そうすると今度は、支店長が店の現場でお客様への対応の仕方というのを教えるよ。お客様がお見えになったら、できるだけ親切にしてあげてくれよ。言葉遣いは丁寧にするのだよ。お客様の立場に立って考えなければ駄目だよ」この、「立場に立つ」というのが大好きなのですね。

 日本の管理職っていうのは。こう言ったらディック・ヌイスが吹き出しまして、「いったいそれは何だ」と言うのですね。全部抽象論じゃないか、っていうのですね。「親切っていうのは、どういう行動をしたら親切に見えるのだ。行動で教えてやらなければ教育にならないだろう。丁寧な言葉遣いなんて、君は簡単に一言で片付けるけど、それじゃあ丁寧な言葉っていうのを全部教えてやったのか。ましてや、人の立場になんか立てるわけないじゃないか」と言われたのです。これを私、日本で言われたら、相当頭にきたと思います。「日本は、違うのだよ。みんな単一民族で、常識っていうやつがあるのだ」というようなことを言ったと思うのですが、言われた所がカリフォルニアですから、あそこは先程言った、9万坪のパークの中に60ものアトラクションがひしめいています。

 ですから、むこうでは、キャストが一万二千人働いているのですね。ところが、彼らの顔を見ると、ひとりひとり向こうは人種が違うのです。白人、黒人、メキシカン、プエルトリカン、いろんな国の若い子があそこではニコニコ笑って働いている。すると、考えてみると、白人のキャストをつかまえて「おまえ、もっと人の立場に立って・・・」なんて言ったって、彼らは絶対、黒人の立場になんかなりっこないのですね。メキシカンは、プエルトリカンの立場になんかなれっこないわけです。

 まして、私が銀行時代、頭にくるとよく若い奴をつかまえて「なんだ、お前、もっと常識的に考えてみろ!」なんて、よく言ったものですけど、考えてみると、向こうはひとりひとり常識がみんな違うわけですから、こんなこといくら言ったって意味がないわけです。それよりも、「お客様の影を見かけたら、目を見てニッコリ笑って『こんにちは』と言えばいいのだよ。あの、単純明快な“かたちの教育”を徹底的にやらせることが、一番ゲストを感動させる単純な教育なのだ」というのが、私は初めてわかったのですね。

8.2 かたちの教育の必要性
 ところが、大変皮肉なことなのですけれど、このマニュアルが東京ディズニーランドの若い人たちにすごく役に立った。つまり、考えてみると、今の日本の若い学生アルバイト諸君を見てみますと、人種の違った集まりとすごくよく似ているのです。1年間に大体、東京ディズニーランドでは、このアルバイト諸君が5千人ぐらい入れ替わるのです。短期ですから、私なんか、一年中彼らと面接しているようなものですけれど。

 例えば彼らに「君の生い立ちを聞かせてよ」なんて聞いてみると、半分以上の子が同じようなことを言うのです。「僕は中学へ入った頃からうちのお袋が『ボヤボヤしているとすぐ大学受験がやってくるよ。今からしっかり勉強しておかないと、みんなに置いていかれてしまうよ。母さんは知らないからね』と勉強しなさい、勉強しなさいとそればっかり言われていました」と言うのですね。だから「僕はほとんど、学校の後は塾通いをしていました」と殆どの子が言います。「毎晩、毎晩、塾に通って、高学年になるほど疲れて帰ってくる。家に帰ってくると、口をきくのもめんどうくさい」と言うのですね。そうすると今どこの家庭でも小さな勉強部屋のようなのをあてがっていますから、個室を持っている。そこへ閉じこもってしまうのですね。「やっとこれから俺の時間なのだ」と、機械いじりの好きな子は、それから、パソコンばかりやっていますし、音楽の好きな子は、夜明けまで音楽を聞いているのですね、独りで・・・・。

 そういう子が沢山ディズニーランドへ受けに来るのですね。すると、彼らはひとりひとり持っている世界がみんな違うのですよ。私どもが子供の頃は、もっと大人が積極的に怒鳴りつけてくれました。たまには、隣近所のおじさんたちが、よってたかって、「なんだ、おまえその挨拶は!」と私、随分怒られた経験があるのですが、今、あんなことを言ってくれる大人もいなければ、言ってもらう時間もないのですね。

 今、東京ディズニーランドでマージャンのメンツを揃えるのは大変なのです。誰も、4~5人で遊ぶってことをしないのですね。独りで遊んでいる。ですから、「かたちで習う」という、体験のない子がいかに多いかと言うのがわかるのです。そういう子達が、たまたまディズニーランドへアルバイトを受けにきて、あの単純明快な“かたちの教育”を受けると非常に新鮮な感覚で受け止めてくれます。

8.3 かたちの教育の成果(お年寄りとのコミュニケーション)
 そして、ディズニーランドの教育の実習というのは、あそこは全て「お掃除」なのですね。お掃除が、ウォルト・ディズニーの基本理念を全部含んでいる行為なのだというので、例えば正社員は40日間のユニバーシティー課という、つまり教育課のフィロソフィーの勉強を受ける。そのうちの2週間、これが実習でございまして「君達、明日から実習だよ。パークへ行って、しっかりお掃除をしておいで。そばにゲストが見えたら、習った通りちゃんと挨拶するのだよ」と言って送り出されるのです。すると彼らは、ほうきをもっておっかなびっくり入って行きます。

 そして、掃除をしていますと、今まで口をきいたこともないような、ご高齢のゲスト・・・。今、大体家庭でお年寄りと口をきいたこともないのだという子が随分多いのですね。みんな核家族化してしまって、大人と言ったらご両親の年代としか口をきいたことがないのですね。兄弟もみんな少ないですから、お年寄りをはじめ、怖がるのですね。掃除していくと、そばに今まで口をきいたこともないようなご高齢のゲストがおいでになる。おじいちゃまに声をかけるのですね。恐る恐る「こんにちは・・・」と言いますと、おじいちゃま、ちゃんと返事をして下さるのです。「やあ、こんにちは」と・・・。すると返事をしてもらったというだけで感動する子がいるのですよ。「やったあ・・・」なんて。ああいう効果って我々全く考えてなかったのですけど。

 だから、こう、“かたちで教える”ってすごく大事なことだなと、あそこにいてつくづく感じるのです。「そんなの常識だよ」と片づけては決していけないのですね。こういうことを日本人が“かたちで”教えることが苦手なのかというと、決してそうではないのですね。日本人というのは、もともと、全て“かたちで”教育してきたのだと思うのです。師弟制度なんていうのは、“かたちで”教える教育だし、今だってお茶だってお花だって、全てあれは、“かたちで教える教育”です。しかし、日本人っていうのは非常に潔癖なものですから、みんな専門化してしまうのですね。そうすると、私みたいな中途半端なサラリーマンというのは、“かたち”がないものですから、「しょうがないので言葉でしか教えようがない」というふうになっているだけのことなのですね。

8.4 かたちの教育の起源 -襟垢のつかないものを着て挨拶できるやつ-(コスチューム)
 ところが、昔の明治の方のお話を聞くと、やっぱりディズニーみたいに2つで良いから守りなさい。というような教育の仕方っていうのをちゃんとやっていた。この間、私ビックリしたのですよ。久しぶりに、家に早く帰った時に、私、落語が好きなものですから、「今日は久しぶりに落語でも聞いてやろう」と、死んだ、桂文楽という師匠の古典落語のレコードを引っ張り出してきたら、“かたちで教える”シーンというのが、ちゃんと出て来たのですね。私、ショックを受けまして・・・これは、どういう話だったかというと、長屋の大家さんが、町内の若い衆に小言を言うシーンだったのです.大家さんがガンガン言うモンですから、みんな町内の若い衆が頭にきて、代表枠の大工の棟梁が大家さんにくってかかるのですね。「大家さん、俺達いい若いものを捕まえて、それはないだろう」と言うと、大家さんがなんて言うか「何、いい若い者だ?いい若いもんなんて、デカイ面するな。本当にいい若いもんっていうのはな、普段襟垢のつかないものを着てちゃんと挨拶の言えるやつをいうのだ」と言うのですね。

 私、これを聞いてビックリしちゃったのだけど、「普段から、えりあかのつかないものを着てちゃんと挨拶の言える」というのは、2つともディズニーのマニュアルに載っているのですね。ディズニーの「一回袖を通したコスチュームは、その日のうちに洗濯に出しなさい」という項目が、衣装部という部のマニュアルに載っております。

 私、これをつくる時、非常に反省したのです。「それは君達、アメリカじゃあ、カリフォルニアは確かに一年中、夏みたいなものだろう。みんな汗かくだろうし・・・人種もいろいろいるだろうし、体臭も強いだろう。だから、1回袖を通したようなコスチュームを洗濯に出すのはわかるだろう。しかし、日本はそうじゃないよ。日本は、気候は温暖だし、みんな単一民族で淡白です。大体、必ず汗をかくとは限らないのだ。第一、全部洗濯に出していたら選択代が大変だよ」って言いましたら、私にいろいろ指導してくれたカウンターパートが「そうじゃないのだ」って言うのです。

 人によっては、今日は汗をかかなかったと思うかもしれないが、「あれ、ちょっと湿気ているみたいだな、ちょっと臭いがするんじゃないかな、と思った途端に、彼はその瞬間から本当のスマイルができなくなってしまうのだ。つくりもののスマイルになってしまうのだ。だから「これは洗濯代と思わないでくれ。スマイルを買う金だと思ってくれ」と言われまして、私もそう言われたら返す言葉がないので、しょうがないからそれを認めてしまったのです。だから、今でもその項目はマニュアルに残っているのですね。ですから、大変なのです。これから、夏場に入りますと1日に1万2千着くらい洗濯がでるのですよね。もう、白洋舎さんのいい得意先になっているのですけどね・・・・・・・。

 しかし、これは「普段襟垢のつかないものをちゃんと着せる」ということがちゃんと決められているのですね。「ちゃんと挨拶の言えるやつ」、これもちゃんとマニュアルに念が押してあります。「アイコンタクト」、目を見てニッコリ笑うだけでは、挨拶になりません。「こんにちは」って言うから挨拶になるのですよ、ということがちゃんと念を押して書いてある。

 つまり、ちゃんと挨拶が言える奴、やっぱりこれもちゃんと“かたちで”教えているのです。ですから、私は、考えようによっては、ディズニーの教育の仕方っていうのは、昔の日本人の教育の仕方とそっくり同じなんじゃないか。だから、私は、日本人がディズニーランドを好きになれると思うわけです。

9. コミュニケーションによる感動
 確かに、日本の昔の街っていうのは、コミュニケーションがあった。私が子供の頃東京の四谷に住んでいたのですけれど、よくおばあちゃんに手を引かれて街を歩いていますと、行き交う人が必ず挨拶をしました。「おばあちゃん、お元気ですか?」店の前に立っている番頭さんが「北村さん、あれが届いていますよ」こういう会話がしょっちゅうあったのを覚えています。ところが、今、隣に住んでいるのも誰だか知らないわけですよ。

9.1 お年寄りとのコミュニケーション
 東京ディズニーランドに最近お年寄りのゲストが増えてきたのですけれど、これはわかるのです。この間も私、できるだけ時間があるとお帰りになる時ゲストを見送りしているのですけど、あそこの出口の所のベンチに大変ご高齢のおばあちゃまが寝そべっておられたのです。私がちょっと心配になったので「おばあちゃん、大丈夫ですか?」とお声をかけたら、おばあちゃんがムックリ起き上がりになられて、「今日は本当に楽しゅうございました」とおっしゃったのです。

 「それは、よかったですね。何が楽しかったですか?」そうしたら「私はこの年だから、何にも乗り物にも乗る気はなかった。生まれて初めてディズニーランドに来たのだ。孫がしょっちゅう行っているので今日は付いて来た」とおっしゃるのです。だけどおばあちゃんは、「くたびれるから、広場に出るところのベンチに座って、今日は、花を見て帰ろうと思いました」本当にディズニーランドっていうのは、きれいに花の手入れがしてあります。

 あそこは、夢の国だから一年中、花が咲いてなくてはならないというので、年間70万株くらいは植え替えるのです。それをご覧においでになった。「そうしたら、黙っていても目の前をいろんな国の人が通るし、アベックが楽しそうに通る。パレードは通るし、ミッキーマウスは来るし、黙っていてもすごく楽しかった。でも、何が一番うれしかったかというと、あそこを15分に1回くらいお掃除のお兄さんが回ってくることだ」と言うのですね。「私があんまりいつまでも座っているものだから、お兄さんが来るたびに声をかけてくれた。私は、家へ帰っても誰も声をかけてくれないのです。こんなに楽しいところならこれから一人で何度も来ます」と言って、大変元気にお帰りになったのですね。

 ですからディズニーランドっていうのは、遊園地だから子供が行くものだろうと思っている方々が大変沢山いらっしゃるだろうけれど、これからはむしろ、お年寄りがきっと沢山お見えになるんじゃないかということを非常に感じるのです。こういうコミュニケーションというものにいかにお年寄りが飢えていらっしゃるかということをつくづくそのお話を聞いていてわかったのです。こういうふうに“かたちで”教えていくマニュアルを沢山持っているわけです。

9.2 子供とのコミュニケーション-(バルーン系)
 もう一例申しますと、皆さんが今日お手元に持っているパンフレットを開くとささやかな地図が載っております。それをご覧になるとわかると思いますが、その中央の下の方の部分、薄いブルーにぬってあって十字路がついているパークがあります。そこは、ワールドバザールと申しまして、1つのテーマパークでございます。

 東京ディズニーランドは5つのテーマパークから成り立っているファミリーエンターテイメントの世界である。遊園地という代わりにそういう言い方をするのですね。そのワールドバザールの左上、アドベンチャーランド、冒険の国、ここは今度ジャングルがテーマになっておりまして、ここへお入りになったゲストは「私たちは今南の国へ来ているのだ」という夢を見てください。アトラクションもそれ風のものばかりですし、あそこには一日中トロピカル風の音楽が流れております。

 そして、お城を挟んで右上に行きますとファンタジーランドがあります。これは、おとぎの国です。ここで初めてミッキーマウス以下のキャラクターが出てきて皆さんのご機嫌を伺う。大変楽しい夢の国です。ですからここは、お子様がいの一番に駆け込むパークです。その下はトゥモローランド、未来の国、ここは未来の国ですから、メカが中心になったシビルライダーがたくさん置いてあります。先程の話題のスターツアーズもここにありまして、ここは朝一番に若いお嬢さん達が駆け込まれるパークであります。

 そして、ワールドバザール、あのワールドバザールというのは、何がテーマにしてあるかと申しますと、ここは19世紀末から20世紀初頭にかけてのアメリカの街であります。ですから、ビクトリア王朝風の大変お金のかかった建物が商店街としてならんでおります。中は全部直営でございますから、食堂も商店街も全部一本の通路として並んでおります。だから「ここにお入りになったゲストは「私たちは今20世紀初頭のアメリカにいるのだ」という夢を見てください」というコンセプトで造ってあります。

 ですから、あそこで働いているキャストには、何が明示してあるかと申しますと「君達は20世紀初頭のアメリカ人を演じてくれよ」と言ったのです。「物を売ってくれ」とは言ってないのです。「キャストですから演じてくれ」ですから、あそこで働いている女子キャストは、みんなロングスカートを履いているのです。あれは、20世紀初頭のアメリカ人のコスチュームで自分達は演じているという意識を持たせる。ですから、着ているものもテーマ性を持っているのです。それをご覧になると、真ん中を一本、屋根つきの太い通りが通っています。

 日本は雨が多いのでガラスの屋根をかけているのですが、この縦の通りをメインストリートと名づけてあります。途中で横に通る通りがあります。これを、センターストリートと申します。
マニュアルを開きますと、「このメインストリートとセンターストリートがぶつかった4つ角には、必ず、絵として風船を売っているキャストを二人出しなさい」とあります。あそこにはミッキーマウスの頭の風船をたくさん束ねて立っているキャストがいるのですね。昼間は主に女子ですが、あの4つ角には必ず二人立っております。これを「バルーン係、ふうせん係」というのです。これは、ディズニーの列記とした職種であります。

 このバルーン係のマニュアルを次にディックが見せてくれました。「これは、出だしが全然違うから1ページ開いて読んでごらん」と言われ、開いてみたらこう書いてありました。「あなたはゲストとコミュニケーションをする時、目線の高さを同じにしてから初めてください」こういう出だしなのです。これは一体どういうことかと聞きましたら、風船を買いにくるゲストというのは、主にお子さんじゃないかということです。

 最も、ちなみに申しますと、東京ディズニーランドは、お子様の方というのは非常にゲストとしては少ないのですね。小学生以下は全体の14%です。中学、高校生ですら、修学旅行も含めて約20%ですから、65%以上は大人のゲストなのですね。

 でも、風船を買いに来るお客様というのは、主にお子様だろう。お子様が向こうからチョコチョコと走ってきて「風船ちょうだい!」と言ってきて、まず目線の高さを同じにするというのは、その子の背の高さまでしゃがまなくてはならないということです。しゃがんで、アイコンタクトで、スマイルをしてお話を始めなさい、ちゃんとそういう風に、“かたちで”まず教えます。

 だから、彼女達は、一生懸命、先ずそういう風に対応する。そうすると、これがどういう効果が現れてくるかというのは、この7年間でよくわかりました。小さなお子さんですから、必ずちょっと離れたところでご両親が見ていらっしゃいます。そうすると、「おい、ちょっと見ろよ。ディズニーランドのお姉ちゃん、親切だね。うちの子が行ったら、あんなに忙しそうなのに、ちゃんとお話してくれているよ」という風景が、当の本人のお子さんではなくて、遠くで見ているご両親の目に入るように演出されているわけです。そうしますと、そのご両親はどうなるか・・・ちょいといい気分になるのです。大きな感動なんかはしないのです。ちょっといい気分になるのです。

 ところが、この「ちょっといい気分」というのは、ものすごく大事なのですね。「そのゲストが、数時間後パークからお帰りになるまで、この、ちょっといい気分を失わせてはいけません」と書いてあるのです。ところが、そのご両親はおいでになってからお帰りになるまで、風船売りとつきあっているわけではありませんから、これからあの中を転々と動き始めるのです。転々と動いているうちに、せっかく味あわせたちょっといい気分を失われては困るわけですから、行く先々でこのちょいといい気分を染め直していかなくてはならない。そのためにあの中では、セクション別、担当別に全部違ったちょっといい気分を味あわせる“かたちの教育”が非常にきめ細かくマニュアルに教えられているのです。これがとってもうまくできているのです。

9.3 写真撮影のアシストによるコミュニケーション
 この中のもう一例を申しますと、今の縦の通り、メインストリートをまっすぐに突き抜けますと、そうすると今度はワールドバザールの建物があり、視界が広がる広場に出てくるのですね。そこは、かば色に塗ってあるものですから、「プラザ」というのです。そして眼の前の視界が広くなって、シンデレラ城がそびえている風景が飛び込んでまいります。

 あそこに出てこられるゲストの内、少なくとも日本人のゲストは広場に出た途端に、あそこで写真をお撮りになるのです。「おい、お城が見えたよ。ここで記念に一枚撮ろうよ」と言ってアベックは交互にお撮りになるし、ご家族はたいていお父様方が犠牲者になって撮るような風景がそこここで展開されるように造ってあるのです。ですから、あの造り方というのは、カリフォルニアもフロリダも同じ造り方です。

 そうしますと、あのプラザ、広場の周辺でお掃除をしているキャスト、或いはセキュリティ、警備をしているキャストのマニュアルには必ず書いてあります。「君の目で写真を撮りあっているゲストがいたら仕事を一旦やめなさい。そして、シャッターを押しているゲストの所に行ってこう言いなさい。「今日の記念にあなたも中へお入りください。私がシャッターを押しましょう」…ですから、掃除をしていて、ふと気が付いたら目の前でアベックが写真を撮りあっている。「シャッターを押しましょうか?」と声をかける。ところが今までの日本の遊園地でそんなことは無かったものだから、当時皆さんびっくりなされまして、「えっ、いや悪いな。頼もうと思っていたのだよ」とちゃんと会話が始まったのです。

 最も今は78%以上がリピーターですから、ゲストの方も百もご承知で、今は、ゲストの方から声がかかってきますが、私が歩いていますと、「ちょっとそこのおじさん」なんて・・・こう言われるまでに2年くらいかかったのですね。これも、ちょっといい気分にさせる1つの例なのですね。
 
10.ヒューマニズム
 そうしますと、先程のご両親じゃないですが、方々へ行くたびに「ちょっといい気分」を味わい始めるのです。「ちょっといい気分がこんなにたまりますと、人間ってこんなにいい気分になるか?」そうじゃないのですね。人間って面白いもので、あの中にいる間は、段々それが当たり前になってくるのだ。

 それでは、現象として何が変わってくるか・・・あの中にいる滞留時間が段々長くなってくるわけです。これは、建物の建設中から彼らに言われたのです。「やがて、この東京ディズニーランドがオープンして運営がはじまる。運営のクオリティーの高さっていうのは何によってわかるか?ゲストの滞留時間でわかるのだ。なぜなら、人間というのは、居心地のいい所には長く居たいものですから」と言われて、「何を当たり前のことを言っているのだ」とその頃は思っていたのですが、実はこれは大変大事なことだったというのが今わかります。

10.1 遊び方の変化 -リピーターの大切さ-
 オープン初年度、あの中のゲストの滞留時間を調べたことがあるのです。1年目は、平均滞留時間が5時間から5時間15分。それでも、当時私たちとしては、「随分皆さん長くいらっしゃるなあ」と感心していたのです。この間、6年目の集計を見てびっくりしたのです。今、あの中の平均滞留時間が7時間20分から7時間40分になっているのですね。2時間から2時間半くらい長くなっているのですね。

 これは、周辺にホテルができたとか、JR京葉線が通りまして、東京駅から15分で乗り込めるようになった。こういう物理的な条件が整ったのはもちろんなのですが、あの中で遊ぶゲストの遊び方が変わってきたのです。

 1年目の遊び方、今から思い出すと懐かしいのですが、あの頃は皆さん、遊園地だという考え方が多かったのです。遊園地の遊び方というのがどういう遊び方かというと、入園料を買って中に入りまして、面白そうな乗り物にできるだけ乗って帰ってくる、というだけの遊び方です。東京ディズニーランドのメイン商品というのは「ビッグテン」と申しまして、入園券と乗り物券10枚がセットになっている。

 そうすると、日本人というのは面白いもので、買わされたからには、乗ってしまわなければ損してしまう。1年目というのは8割のゲストというのがあの中を全部走っていたのです。そうすると、大抵くたびれてしまう。5時間も走っていたら・・・なんせ15万坪あるのですから。夏場なんかもう皆さんヘトヘトになって、汗びっしょりかていしまう。そうすると、ちょうどあの出口にたどり着くのですね。「おい、くたびれた。おい、もう帰ろうじゃないか。あっ、でも待てよ。お隣のおばちゃんにお土産を買っていかなきゃ。」・・・そして、土産を買っていこうと、あのワールドバザールの角にあるエンポリアンという大きな土産屋に飛びこんでしまうわけです。
そうすると、疲れていますから、お土産を選ぶ気力がないわけです。そして、目先に並んでいるキーホルダー30個だとか、ワッペン40枚をお買いになってあたふたとバスに乗ってお帰りになったのです。

 今は、全然ちがう。どこが違うかというと、今はリピーター誘導型になっている。これが私ディズニーの商法の上手い所だと思うのです。「なんだ、お前まだ行ったことないのか。俺が案内してやるよ」とちゃんと新規のゲストが付き添い付きでお見えになるのです。ですから、とっても遊び方がお上手なのですね。だから今は、パークの中で走っている方はほとんどいらっしゃらない。あの中で、今走っているのは修学旅行生だけですが・・・。こういう風にゲストの質まで変わってきたのですね。

 私が銀行時代にもっと早く聞いていれば、もっと上手い商売ができたと、とっても残念に思うのですが。やはり、既存客というのをファン化していくというのがどんなに営業上効果があるか、銀行は支店長が転勤して、新しい店に行きますとすぐ、業務から命令がくるのです。「ご祝儀預金を集めろ」と言うのです。そして「普通預金の口座を増やせ」しょうがないので優秀な男子をみんな外回りに出しまして、高い粗品を配って挨拶して歩くのですね。ほとんど、効果がないのですけれど。そのくせ留守中、店にお見えになったお客様には「ああ、あのお客様は黙っていても来てくれる人なのだ」というのでティッシュペーパーしか差し上げない。

 あれは、ディズニーにいると逆だ。「取引きしているお客様が「君、あの銀行のサービス一度味わってみなよ。取引してみなよ」と一言言ってくれたら、銀行員が百回言うより早く取引が開けるよ」というのは、リピーターを大事にする商法なのですね。
 リピーターというのは、なんでも御存知です。もう、百回、二百回、来られていますから。「ああ、このくらい来られていたら今日は、アトラクションは4つか5つにしよう。行列の中に並んでいるより、ショーがものすごく増えている。

 今、パークの中で25ぐらいショーをやっていますから。ショーを2つ3つ余計見て、パレードを見て、そしてゆっくり食事をして、帰りには1時間半くらい買い物をして帰ろう。という風にちゃんと時間的スケジュールも立てていらっしゃるから、とってもパークの音楽がよく聞こえるようになったのです。

10.2 お土産屋のショーアップ -潜在意欲の喚起-
 そして、売上が伸びていくのです。これが・・・。つまり、人間って面白いものですが、滞留時間が長くなってゆとりが出てくると、段々、財布のひもがゆるんでくるのですね。日本人っていうのは、即効性をねらうものですから「1度買った人は早く出てくれ。そのかわり新規の人を入れなければ」とそればかり考えているのですが、そうじゃなくて、一人の人が持ち金全部はたいてくれるよという商法なのですね。ですから、そのかわり居心地をよくさせるためには、それなりのマニュアルがちゃんと作ってあります。

 例えば、商品で商品を売るマニュアルを見ますと、店の商品の並ばせ方なんてちゃんと具体的に書いてあるのです。「商品は決して、包装紙にまるめて置いてはいけない。例え透き通って見えても駄目だ。はだかで置いておけ」と書いてあるのです。そして「通路のガラスのケースに覗き込むだけというのは駄目だ。触れるようにしておけ」とあるのです。つまり、その商品とお客様がコミュニケーションできるようにしなければならない。だから「全部、壁面に棚を作って並べなさい」とあるのです。「一番高い棚もゲストが背伸びをしたら届くようにしておきなさい。そして、その商品棚には、けっして定価票を貼ってはいけません」とあるのですね。これが面白いのです。

 日本人だったら、「定価票をきちんと出しといたほうがゲストにとって便利じゃないか」と思いますが、ディズニーは「便利なんていうのは二の次だ。第一、定価票なんていうのは一番日常的なものじゃないか。売ろうとしているのがわかってしまう。それより、そこで売っている商品全部を使って、店の中を夢のように飾りあげろ」と書いてあるのですね。

 幸い東京ディズニーランドの商品というのは大変カラフルでかわいいものが多いですから、これを全部使って店の中を飾りあげるとものすごくきれいな店になります。そこにおいでになったゲストが、一歩、店の中にお入りになって「わぁ、きれいだ」と一言言ってくださると、しめたものだということですね。「もう、そのゲストは潜在的な購買意欲が出ている。そうしたら、その棚に近づいて一番高い棚から品物をおろしてひっくり返したって値段票なんていうのは探して売れるものだよ」というのがディズニーの並ばせ方なのですね。

 最近、東京のデパートで随分このまねをし始めた。この間も銀座マリオンというところに行ったら、1階が全部棚になっていましてね「こういうとこに知らないうちに影響が出てくるのだな。日本人というのは、まねするのが上手いものだな」と思って感心して歩いていたら、もっとびっくりしたのは、あそこで売っているお嬢さんが私の顔をみて「こんにちは」と言ったのでビックリしまして、これはよっぽどディズニーランドのファンなのだろうと思って、「こんにちは」と通り過ぎたら、また次のお嬢さんが「こんにちは」とおっしゃるのですよ。さすがに私、気になりまして「どうして皆さん『いらっしゃいませ』と言わなくなっちゃったの?」と聞いたら、いらっしゃいませ、ではお客様とのコミュニケーションができないものですから」と私がしょっちゅう言っていることを言われてビックリして帰ってきたのですが。ああいう事が知らないうちに影響を出しているのです。

11.教育の本質 -販売キャストのマニュアル-
 そういう部分をずうっと読んでいきますと、今度は物を売っている女子のキャストのマニュアルにこういうことが書いてあるのです。「あなたはゲストから何か質問を受けた場合は、決して否定的な返事をしてはいけません」という部分なのですね。そうすると、先程言ったように日本人というのは、みんな頭がいいですから、ここまでいくとみんな言おうとしていることがわかってしまうわけですね。「わかって、お客様には決して『ノー』というようなことは、一切言ってはいけない。じゃあ、もしゲストがないものをお聞きになったら『代りにこれはいかがですか』とお勧めしたらいいのでしょ」というふうに、どんどんどんどん日本人には先取りする能力というのがあるのですね。だから抽象的な命令で済んでしまうのです。否定的な返事と言う表現で。 
 ところがアメリカはそうはいかないのですよね。白人、黒人、メキシカンの世界では、どういう常識でもみんなレベルが違うわけですから、否定的な返事と言ったって、取りかたが全く違うから否定的な返事の例というのがちゃんと書いてある。今、東京ディズニーランドのマニュアルに向こうのマニュアル通り3つ書いてあります。「ありません、できません、知りません」と書いてあるのですね。「この3つは、決して言ってはいけないよ」と。

 ここまで教えますと、さすがに昨日入ってきた女子高校生のアルバイターもちゃんと質問してきます。「じゃあ、ゲストがもし、私の知らないことをお聞きになったら何てお応えしたらいいのですか?『知りません』て言ったらいけないのですよね?」と言ったら、ディズニーが・・・それからが面白いのですが、我々と違うのは、「知らなかったから、知らないでいいよ。知らなかったら隣のキャストに聞け」と書いてあるのですね。「仲間に聞け。隣のキャストが知らなかったらリード(売り場主任)に聞きなさい。リードが知らなかったらマネージャー(店長)に聞きなさい」聞く順番までみんな書いてあるのです。

 ところがこの教育は日本では許せないのですよね。「知らないとは何だ。いつも言っているだろう。だいたい勉強不足だからそういうことになるのだ。明日からしっかり勉強して、頭をちゃんと整理してこい」とその責任を全部、彼女に押し付けてしまう。

 ところがディズニーは、それを駄目だと言うのですね。なぜかといいますと「そうすると彼女は翌日からお客様が聞きそうなことは、全部頭に突っ込んで店に出て行かなくちゃならない。能力以上のものを覚えていくというのは大変な努力だ。彼女は翌日から、緊張して店に出て行かなくちゃならない。人間が緊張したら何が消えると思う?一番大事なスマイルが消えちゃうのだよ。」というのですね。つまり彼らにとっては、「知らないことを知るより、スマイルを忘れないことのほうが大事なのだ」という順番がちゃんと決めてあるのです。ですから、あれは自信持って言えるのです。

 どうしてスマイルの方が大事かって聞くと「知識なんていうのは人から聞けば習える。スマイルだけは誰も教えてくれない。自分しかできないのだ」こういう点が大変はっきりしているのです。しかし、ここまで聞いても日本人はまだ真面目ですから納得できないのです。そんなこと言うけれど、俺達はプロだよ。プロとして当然知っていることを知らなくて、仲間うちに聞いて歩いているなんてみっともないじゃないか。と言うと、「何がみっともないのだ」と彼らは言うのです。「人間だから知らないことだっていくらでもあるよ。君だって知らないことがたくさんあるだろう。たまたま、そのゲストがお聞きになったことを彼女が知らなくて、一生懸命仲間うちに聞いてくれている姿をゲストが見たらどう思う?あの子はなんて親切な子なのだろう、と思うじゃないか?決して不愉快には思わないのだ」と言うのですね。

 この辺が私、日本の教育とアメリカの教育の基本的な分岐点じゃないかと思うのです。つまり日本人というのは、やはり単一民族で、常識というレベルがあって、その上に知識をどんどんどんどん積み上げて責任をかぶせる教育が主体でありますが、アメリカはそうはいかないのです。白人、黒人、メキシカンの世界では、常識なんてあてにならない。みんなレベルが違う。「たよりになるのは人間性だけだ」ということになりますと、人間のもっている欠陥は欠陥だと認めた上で、「それをどうやったらお客様に不愉快に映らないように行動が取れるか」というやり方を教えていくのですね。

 ですから、これが、よく私が「ディズニーランドで働いている若いお嬢さん達って何であんなに楽しそうにニコニコ笑って働いているのだ?」というご質問を受けるのですが、この分岐点というのは、今言ったようなところにあるのだろうと思います。ですから、ディズニーのマニュアルを見ていると、こういう非常に人間性豊かなアメリカ人らしい教育の仕方がたくさん各所に見られます。これが今の若い人たちに、自然に受け入れられているのだと思います。

12.サービスの本質
 こういういろんな“かたちで教える”教育以外に、実はオープン当初、カウンターパートという助っ人がたくさん来ておりまして(250人くらい来ておりまして)、いろんなことを実は、マニュアルに載っていない部分で教えてくれたことが、今でも沢山パークに伝承的に伝わっております。その中で、今日はせっかくの機会ですから「お客様の立場に立って」というのはどういうことか、きちっと教えてくれた1つの例をお土産話に置いておきたいと思います。

12.1 免責でないサービス(成人式)
 これは、東京ディズニーランドがオープンした翌年、昭和59年、正月を迎えまして、まもなく成人式がやって来ようというときに、実はディズニーから提案があったのです。
 「聞くところによると日本の、成人式では二十歳を迎えた若いお嬢さん方っていうのは、みんな着物を来て、方々に遊びに行くそうだ。東京ディズニーランドにも、きっとたくさんの着物姿のゲストが見えるに違いない。しかし、残念なことに我々のマニュアルには、着物を着たゲストに対応するページが作ってない」と言うのです。

 当たり前の話ですが「ちょうどカウンターパートがたくさん行っているから、日米合同で会議を開いて、着物を着たゲストが見えた場合の対応を作ってみないか」ということで「よし、わかった」というので、かなりの人数が集まってあそこで大会議を開いたことがあるのです。

 最初に問題になったのは何かというと「カリブの海賊」というアトラクションなのですね。あれは、お乗りになった方はよく御存知だと思いますが、ボートに15~16人のゲストが乗って水路をスタートします。しばらく行くと、ザブーンとボートごと一段落っこちるのですね。「これからがカリブ海ですよ」とイメチェンをするわけです。そうすると暗いドームがダーッと広くなりまして、カリブ海に出た、ということになるのですね。向こうの方に海賊船が止まっています。そこに、顔の表情のでるお人形さんがいるのですよね。

 オーディオ、アニマトロニクスと申しまして、オーディオとアニメーションとエレクトロニクスを駆使したコンピュータ人形で、ディズニーしか作らない。みんな輸入をいたしまして、あれ一体2千万円くらいするのですよ。カリブが一番多くて2百体くらいございます。あそこは、お人形だけで、40億くらいかかっているのですが・・・。このオーディオのお人形が、海賊でございます。酒を飲んだくれた海賊が、大きな声で歌を歌いながら、ダーッと島を砲撃している風景が展開されるわけです。この中をゲストがボートで行くうちに段々ゲストまでウキウキして、海賊気分になってくるという、大変有名なアトラクションでございます。

 それはいいのですが、最初にザブーンと落ちた時に、ボートの前に乗っていると、かなり水しぶきがかかってくるのですよね。それで着物を着たゲストの対応が問題になりました。普段着とか、遊び着のゲストに水がかかる、というのは洒落にもなるけれど、オープン当初ですから、何も知らずに高いお召し物を着ておいでになったお嬢さんが、行列の加減でボートの一番前に座ってしまった。ザブーンと落ちた途端に頭から水を浴びてしまった、としたら、クレームがつくじゃないか・・・そりゃあ、そうだな。少なくとも着物のゲストには、お乗りになる前に「これはもしかすると、水がかかるけれど、よろしいですね」とちゃんとご了解を取り付けるべきだろう。

 「しかし、考えてみると東京ディズニーランドの中には、しぶきがかかってくるアトラクションって、まだ他にも随分あるよ」というわけで、数えてみたら、まだあの中には6つか7つあるのです。では、こういうものは、少なくとも着物のゲストにだけはお乗りになる前に「もしかすると、水がかかるかもしれませんよ」とお教えしよう。「よし、それがいい」ということになった。そうしたら、今度は、トゥモローランドのマネージャーが、「その水がかかるのを教えてあげるのは大賛成なのだけれど、水がかからなくたって注意を教えてあげられるアトラクションがトゥモローランドにはあるじゃないか?例えば、あの「スペースマウンテン」なんていうのはお教えしなくていいのか」と言うのですね。

 「スペースマウンテン」というのは何か・・・あれは、未来の国のテーマアトラクションですからね、宇宙旅行がテーマなのですね。富士山型の真っ暗闇のドームの中をジェットコースターに乗ってかけて降りてくるスリルランドというやつです。
「あれに、もし、何にも知らないお袖を開いたお嬢さん方が乗って、万一袖が絡まって事故でも起こしたら、大変じゃないか・・・水がかかるどころの騒ぎじゃないよ。命にかかわるよ。あれこそお乗りになる前に、少なくとも、これはこういうアトラクションですよ。ときちんとご説明するべきじゃないか」という提案があったのです。

 「なるほど、言われてみたらそうだ。それじゃあ、こうしよう。当日、着物を着ておいでになったゲストにだけ、特別にお配りするパンフレットを作ろうじゃないか、そして、写真入りで、水のかかる可能性のあるアトラクションは、〇〇ですよ。と書いて「今日の貴方のお召し物で、こういうアトラクションをご利用になって、万一迷惑がかかるといけません。

 東京ディズニーランドには、ここに出ているアトラクション以外にまだ30近いアトラクションがあります。今日はそういうものでひとつ、ごゆっくりお遊びになっていってください。ここに出ているものは今度また、普段着でお見えになった時に、ゆっくりお試しください」というパンフレットを作ってあげよう!」「それがいいよ。そうしよう。」ということになりまして、「それじゃあ着物を着ているゲストにだけお配りするのだからうんと綺麗なお土産になるようなパンフレットを作ってあげようじゃないか」段々段々パンフレットの話になっていったのですね。この辺になると、日本人は得意ですから、どうやったらみんな喜んでくれるパンフレットになるか、一生懸命パンフレットの話を始めたのですね。

 それまでら我々の会話をずうっと腕組んで聞いていましたディズニーのマネージャーでございましたが、突然その話をさえぎるように、大声で怒鳴ったのですよね。「Be silent !」(だまれ!)と言われたのですね。私ども、夢中に話していましたから、ビックリしまして、思わずみんなで彼の顔を見ちゃったのです。そうしたら彼が怖い顔をして立ち上がってこう言ったのですね。「黙って聞いていたら、君達はさっきから何をバカな相談をしているのだ?せっかく当日盛大におしゃれまでしてディスに-ランドに遊びにおいでになったゲストに対して、我々が自慢すべきアトラクションに乗せない相談ばかりしているじゃないか。「水がかかった」というクレームが来るのがそんなに怖いのか?そんなに怖かったら、当日、着物でおいでになったゲスト、あの玄関でお迎えする時、見ていればわかるだろう。

 あそこにお入りになる時に肩から膝までかかる特性のビニールの前掛けを作ってさしあげようじゃないか。どうして、そういう発想が浮かんでこないのだ?『袖が絡まって危ない』と思われるアトラクションなら、袖をからげて手を引いて、そのアトラクションまできちんと座らせてあげる誘導のキャストたった一人いればいいのだろう。君達の考えているサービスって一体何なのだ?本当にそのパンフレット一枚作って、サービスだと思っているのか?我々に言わせたらサービスでもなんでもないよ。あえてサービスという言葉を使うなら、それは免責のサービスだよ。責任逃れのサービスだよ」とものすごく怒られたのですね。

 私、この時には、さすがにショックを受けまして、つまり今、日本人が言っているサービスというのは「まず自分の側をガードして、残り物でお客様にサービスしている」というものがいかに多いか・・・私、銀行のサービスって、みんなそうだと思ったのです。その時・・・私が銀行時代、サービスだ、サービスだと言ったのはみんな免責のサービスだったのじゃないか、と思いまして、その時すごいショックを受けてすっかり考え込んでしまったのですね。これから、どうやって踏み込んでサービスって考え込んだらいいのだ。

 そうしたら、その会議が終わった時、私があんまり落ち込んでいたものですから、さっきのアメリカのマネージャーが私の後ろを通りすがる時、わざわざ足を止めて慰めてくれたのです。ポンポンと肩をたたいて、「Mr. Kitamura,じゃあ、君、今日はいいことを1つ教えてやろう。本当のサービスっていうのはね、必ずリスクを背負うものだよ」と、彼が一言言って部屋を出て行くのを大変よく覚えているのです。

 「リスクも背負えない、日頃やっていることに毛の生えた程度のことをやっていて、何がサービスだ。そんなのは、サービスの部類には入らない。一体、そのゲストがおしゃれまでして何しにディズニーランドまで来られたと思っているのだ。みんなと一緒に楽しいアトラクションで楽しもうと思って、ご自分で演出までされておいでになっているじゃないか。それを、こっちの都合で乗らないほうがいいよ、なんて何事だ。「なんとかその姿で無地に乗せてあげよう」と思うところからサービスっていうのは始まるべきじゃないか。

 君達は口では、「いつもお客様の立場に立って」ときれいごとを言うけれど、一体そのパンフレットって何のために作るのだ?・・・それはゲストの立場に立っているパンフレットではなくて、自分の立場に立っている言い訳のパンフレットだ。ディズニーでは、一切作ることは認めないよ」と言われて、結局、そのパンフレットは、陽の目をみることは無かったのですね。私、これに出会ったとき、本当にディズニーはいいサービスの仕方を教えてくれたのだ、という実感をとっても強く持ったのを今でもよく覚えております。
 
12.2 ハートのリスクを背負う(ゴールデンカルーセル)
 最も、この話をこの間、大阪の市民大学講座というところでしたのですが、そうしたら一番前に座っていた若い男の人が、話が終わった時、手を挙げて質問されました。「北村さん、質問があります。さっきのお話ですと。東京ディズニーランドのサービスというのは「みんなリスクを背負っている」と言われましたが、そうすると、リスク代っていうのは、チケットの中に含まれているのでしょうか?」と言われて、何て答えていいのか困ってしまったのです。

 しかし、この気持ちはわかるのです。今の日本人というのは、何でもお金で解決できると思っています。逆に言うと、今度はリスクを背負う側になると、リスクを背負わなければならない」ことがいつも頭に浮かぶと、「ああ、また金がかかる」と、悲しいことにお金のことしか頭に浮かんでこなくなってしまう。ところが、ディズニーに言わせると、このリスクっていうのは「ハートのリスクだ」と申します。心のリスクなのだ。

 「心のリスク」とは何だ?さっきの例で言ったら「『その姿でも、何とかして無事に乗っけてあげたいな』と思うかどうかなのだ。『乗らない方がいい』と言ってしまうのは、全然リスクがないからそんなことが言えるのだよ。」と彼らは言うのですね。私、その時に、何かいい具体的な例はないかな、と一生懸命考えたのですけれど、いい例を思い浮かばずに、結局そういう抽象的な説明で実は、大変残念な思いで大阪から帰って参りました。

 そうしたら、たまたまそれから1週間後くらいに、神戸にお住まいになっている28才のOLの方から、とってもいいお手紙を頂きました。
 東京ディズニーランドには、大体年間3千通から4千通くらいお手紙が参ります。あの中は、コミュニケーションができるところだよ。という理念を持って皆さんお帰りになるから、お子様からお年寄りまで、いろんなお手紙をくださるのですね。

 大体分けてみますと、3分の1がお礼とか、感謝のお手紙です。残りの3分の2がお叱りとかクレームのお手紙。私どもは、これに全部返事を出します。「感謝のお手紙は、明日からのエネルギーになる」とよく申しますが、これは全部、順番に社内報に載せまして、全キャストに読ませる。「僕たちがやっているのは、こんなにゲストを感動させているのだ」という自信を持たせるのに、これほど役に立つ資料はないのですね。「クレームのお手紙は明日からのマニュアルになる」リピーターが増えると、大変、目の肥えた見方をなさるゲストが増えてまいります。お叱りの中にも、いい建設的なご意見もあるのですね。これは、全部ディズニーと相談しながら、マニュアルの中に組み込んでまいります。

 ですから、1年に大体3回か4回、カリフォルニアからマニュアルのチェックに来るスタッフが、東京ディズニーランドのマニュアルを見てビックリするのです。「すごいクオリティーが高くなったじゃないか、これは、一体誰が作っているのだ」とよく聞かれるのですが、「これは、ゲストとキャストが協力して作っているのだ」とよく申します。ですから、今度1992年に世界で4番目のディズニーランドがフランスに誕生いたします。ユーロディズニーランド。もう着工を始めましたけれども「ここにいくマニュアルは、東京ディズニーランドのマニュアルをやるよ」ともう、約束をさせられました。いかに彼らが東京ディズニーランドのマニュアルのレベルが高いのかを認めてくれている一つの証拠だと思うのですが、これはゲストのおかげなのですね。

 この感謝のお手紙の一つでございますが、封筒を開いたらこう書いてあったのですね。「私は、神戸に住む28歳のOLです。東京ディズニーランドのファンです。もう何度も何度もお宅にはおじゃまして、殆どのアトラクションには乗り尽くしてしまいました」という出だしだったのです。しかし、彼女はその時「たった一つだけ未だに乗ってないものがあったのです。それは、「ゴールデンカルーセル」でした。「ゴールデンカルーセル」というのは何かと申しますと、ファンタジーランド、おとぎの国にある、言ってみれば、回転木馬なのですね。あそこには、手作りの白馬が90本、大変ゆめゆめしくディズニーの曲に合わせて回っております。

 しかし、彼女は、「あれはでも、どこの遊園地に行ってもあるものだと思って、始めからあれは除外していた。しかし、殆どのアトラクションに乗り尽くしてしまってみると、あれだけ一つ残しておくのはすごく残念だと最近思うようになりました。よし、今度、小雨でも降っているような日を選んで行ってみよう。お子さんのいないような日を選んで行ってみようとかねがね狙っていた。たまたま、会社の出張で東京へ出てきた日に、翌朝ホテルで目が覚めたら、窓から小雨が降っているのが見えた。しめた。今日はディズニーランドにいって、ゴールデンカルーセルにだけ乗って、思いを果たして帰ろう」と思って朝一番で東京ディズニーランドに駆けつけた。

 そして、雨の中をダーッと走って、ファンタジーランドに行ってみた。案の定、今日は誰も行列していない。しめた、今日は夢が果たせる。わくわくしながら、木馬の下まで駆けつけて、またごうと思って気がつきました」つまり、彼女は、前の晩が正式な会議だったので、黒のタイトスカートをはいてきてしまったのですね。黒のタイトスカートをはいて、雨の中を一生懸命走ってきてしまったので、スカートがしっとりと濡れてしまって、足を持ち上げようと思っても、どうやってもスカートに絡まって足が上らないのに気がついた。「しまった、こんなスカートはいてこなければよかった。せっかく今日は夢が果たせると思ったのに・・・いくら人がいないと言ったって、上まで捲り上げて登るわけにはいかないから・・・「しょうがないから、今日はあきらめて帰ろう」と思ってゴールデンカルーセルの前を立ち去りかけました。

 そうしたら、そこに若い男子キャスターが立っていたそうです。つかつかと寄ってきて「どうなさったのですか?」と明るい声をかけてくれた。「私、実はこれだけ未だ乗ってないので、今日はこれに乗って神戸へ帰ろうと思ってかけつけたのだけれど、考えてみたらこんなスカートをはいて来てしまった。今日は乗れそうもない。今ね、あきらめて帰ろうと思っているところなのよ」と言ったら、その話を聞いたキャストが「ちょっと待ってください」と言って雨の中を彼女の足元まで出てきて、そして、濡れている地面にピタッと座ってくれた。そして、立て膝をして、「この膝に足掛けて乗ってみてください」と何気なく言ってくれた。

 彼女は「ビックリしました」と書いてありました。「私、今、外から走ってきて、こんな泥だらけの靴です。あなたも濡れるから、早く立ちなさいよ」と言ったらそのキャスターが、私を見上げたままスマイルをして言ってくれた。「大丈夫ですよ。泥は洗えば落ちるのだから。それより、せっかく、今日はあなたがたった一つ残した夢をかなえる日じゃありませんか。是非、ここに足をかけて乗ってください」と言い続けてくれました。「私は非常に感動しました」とその手紙には書いてありました。そして「私は、悪いけれども、彼の言葉にあまえて、無事にゴールデンカルーセルに乗ることができました。」

 そのお手紙の最後に「あの若いキャストは、何気なく『泥は洗えば落ちます』と言ってくれたけれど、私の心に受けた感動は、一生落ちないでしょう。私はいつまでも、ディズニーランドを愛し続けます」という結びになっていました。

 私は、この手紙をうけた時今度は、私が非常に感動したのです。というのは、これは何かと言ったら、彼が「ハートリスク」を背負ってくれたすごくいい例をみせてくれたな、と思ったのですね。洗濯代なんて大した問題じゃない。それより、与えられたファンタジーランド、おとぎの国という環境の中で、彼は今までに習ってきたディズニーの、あの70点のフィロソフィーを基にして「何とか彼女に、恥をかかせずにこれに乗せてあげる方法はないだろうか」・・・それを瞬間的に考えてくれたのに違いない。そして彼は、勇気を出して、あの雨の中を座ってくれたのですね。というのは、もうあのやり方は、マニュアルには載っていない30点の部分です。そして、彼は彼なりにあの対応をしてくれた。そして、その瞬間から、彼女を一生のディズニーランドのファンに育て上げた。

 私は「若い人の感性って本当に素晴らしい」とその時、教えられた気が致しました。と、同時に、私は、自分を反省したのです。「私だったらどうしただろう?」常識を基にして考えたら、私からせいぜい思い浮かぶのは「だっこして乗せてあげようか」、程度のことです。自分に泥がつくなんて、夢にも考えないし、ついでに役得まで考えたりして。こんなことで、ゲストが感動することはあり得ませんね。

 ここにはやっぱり、ハートのリスクがあったからこそ、初めてサービスになった。だから私は「若い人の感性というのは、本当に鋭いし、ちゃんとした環境とそして、ポリシーをきちんと教えといてやると素晴らしい能力を発揮するな」と教えられた感じがしたものでございます。

13.運営の4つの鍵
 まあ、こういう風にいろんなことがあの中ではございますから、話すと切りがないわけですが、私が今まで話してきたことを、それじゃあ結論的には何を言いたいかと申しますと、そのレジメの最後に、英語が4つ書いてございまして、この中に全部あてはめて教育を致します。頭文字をとって「SCSE」とあります。「運営の4つの鍵」と申しまして、この順番に大事です。

 その1番最初が「SAFETY」・・・「安全性」やっと今日のお話に合うようになってきたのですが、これが、大変厳しいチェックがディズニーにはございます。さっき、「東京ディズニーランドには、8千人のキャストが働いている、これはコミュニケーションのために働いている」と申しましたが、実はその中で、3百人だけ、ゲストとコミュニケーションできないキャストがおります。これは、何をしているかと申しますと、毎晩、夜中中あの中で、メンテナンスと掃除をしているキャストが実は3百人いるのですね。これは、このくらい、安全性に関して厳しい運営の仕方を決めてございます。

 大体毎日最後のお客様がお帰りになると、あの中で、何が始まるか・・・。毎晩15万坪、まず水洗いから始まるのですね。大変、壮観でございます。その水洗いの仕方がマニュアルにちゃんと載っているのですよ。日本人のキャスト同士ですから、「みんなで綺麗にしてね」と言ったら、ちゃんと綺麗にしてくれます。ところが、白人、黒人、メキシカンの世界では、そんな「きれい」などという抽象的な命令では、私は、白人と黒人とでは、綺麗さの度合いが違うと思うのです。ちゃんとそんな言葉を使わずに具体的に、書いてあります。

 何て書いてあるかと申しますと「明日朝一番で、パークに入って来るゲストの赤ちゃんが、どこではってもいいようにしなさい」と書いてあるのですね。だから、ちゃんとみんなに同じレベルでわかるように書いてあります。これが、若い人たちに大変共感を打つ「なるほど、綺麗とはこういうことなのか」・・・一度、今度、朝一番でお入りになってみて下さい。どこの建物を触っても、決してゴミがつかないようになっております。これは、自信をもって申し上げられるのです。 こういう事が毎晩あそこでは、行われているのですね、こういう清掃を含めた安全性というものを非常に細かく、あそこではチェックされる。
 
 2番目は「COURTESY」と申しまして、これは、「礼儀正しさ」と訳しております。ここで、いろんな具体的な挨拶の仕方なども教えます。

 3番目は「SHOW」。「SHOW」というのは「見せる」。全部、「SHOW」にからめて教える。さっき言ったように、15万坪の中、全部ステージだよ。この中に入って働くというのは「君達はショーをお見せしているのだよ」というので、お掃除から何から君達はショーを演じている。一番これが、典型的なのがお掃除なのですね。「君達は、掃除をしてわけじゃないのだ。掃除というショーをお見せしているのだよ。だから、君が着ているのは、ユニフォームと言わないでくれ。それは、コスチュームだよ」ひとりが、6着から8着平均持っているのですね。だから、今、東京ディズニーランド全てのコスチュームが、大体42万着ぐらいあるのですね。あれがバックヤードの飛行機の格納庫のようなところに所せましと架けてあって、みんな朝出てくると、そこで、自分の所属しているテーマパークのコスチュームに着替えて、鏡の前でにっこりスマイルをつくって「オンステージに行きます」とみんな、どんどんどんどん、パークへ入って行きます。 
 これを繰り返していると「俺はショーに出ているのだ。ステージに乗っているのだ」という意識が段々高まってくるように、指導をするのです。私は、あの辺は、ウォルト・ディズニーというのは、心理学者じゃないかと思うほど、若い人の心をうまく使うな、と思います。
 そして最後が、「EFFICINCY」・・・「EFFICIENCY」というのは効率でございます。ここで初めて、数字を使った効率「運営効率を高めるにはどうしたらいいか」という話です。但し、これは4番目で、彼らは何度も言いますが、「日本人は効率が大好きだから、一番上に持ってきたがる。これは上の3つが叶えられてからだよ」ということをちゃんと釘をさされているわけであります。

14.おわりに -心の到着-(空港の到着ロビー)
 最後に、結び代りにお土産話をさしあげますが、実は私の親友で、倉本聡という作家がおります。これも、同じ中学の7年くらい後輩にあたる男で、札幌時代、大変世話になった男でございます。彼がこの間、たまたま千葉県に講演に出てきた時に会ったら、いい話を一つ聞かせてくれたのです。これは、フランスのドゴール空港で実際あった話として、彼の尊敬する開口健さんという作家がエッセイにお書きになった話だそうです。

 ある日、人の混雑する広いロビーの片隅に上品なフランスの中年の紳士が「今着いた」とばかりに大きなトランクを窓際に置きまして、そのトランクにどっかり腰をかけて、じっと考え込んで座っていた。あんまりいつまでも彼が座り込んでいるので、空港の職員がさすがに心配になって声をかけたのです。「どうなさったのですか?・・・お体の具合でも悪いのですか?」と言ったら、その紳士が座ったまま顔を上げてこう答えた。「私は今、実はね、遠くの方からやってきたのだよ。そして、この荷物と私の体は今到着したのだ。だけど、私の心がまだ到着していないのだ。心が到着するまで、もうちょっとここで休ませてもらうよ」と彼は答えたというのですね。
 
そして、倉本氏が言いました。「北村さん、この話素敵な話だと思いませんか?だけど、よくよく考えてみると、今の日本人はほとんど、この状態にいるのじゃありませんかね」と倉本氏が言ったのですね。

 つまり、今、日本人は、大変物が豊かになりまして、お金さえ出せば、物はすぐに到着するのですね。しかし、みんな忙しくて、自分の心の到着なんて待っている暇がない。また、すぐ次の旅に旅立たなければならない。「日本人は口では、余暇の時代とかゆとりの時代とか言っているけれど、日本人に本当にゆとりが戻ってくるのは「心の到着を待とう」というような気分が出てきたとき、初めて日本人に本当のゆとりというものが戻ってくるのじゃありませんかね・・・」倉本氏がつくづく言っておりました。

 みなさんの中で、心の到着の遅れている方は是非、早めにディズニーランドへおでかけいただきたい。最後に宣伝、お願いをいたしまして私のお話を終わらせていただきます。

2018年06月10日